朝倉景鏡
朝倉景鏡
朝倉 景鏡(あさくら かげあきら(かげあき)は、朝倉氏の一族。
別名は土橋信鏡。
朝倉義景の父・朝倉孝景の弟にあたる朝倉景高の子である。義景の従兄弟に当たる。
式典の席次などから、当時の朝倉一族衆でも筆頭的地位であったろうと推定される。朝倉家中において大野郡司となり、越前大野郡の土橋城(別名は亥山城。戌山城や大野城とは別)を拠点としていた。
朝倉軍の総大将(当主名代、等)として出陣することが度々あったことが確認できる。1564年の加賀一向一揆征伐や1570年の織田信長の朽木越えの折の織田軍追撃、近江・美濃への出陣などにおいて、景鏡が総大将として指揮を執っている。この事からも、当時の朝倉氏家中における景鏡の地位の高さと、軍事的能力への評価が窺われる。
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