井伊直孝
井伊直孝
井伊 直孝(いい なおたか、天正18年2月11日 (旧暦) 2月11日(1590年3月16日)- 万治元年6月28日 (旧暦) 6月28日(1659年8月16日))は井伊直政の次男。江戸時代前期の譜代大名。近江国 近江彦根藩主。
父・直政の死後、家督は兄の井伊直勝が継いだが、直勝は病弱で武将としての器量にも欠けたため、井伊氏の実権は弟にあたる直孝が握っていたという。眼光鋭く、父・直政に似て剛直で無骨な寡黙な性格であったため、夜叉掃部(やしゃかもん)といわれ、恐れられた。。徳川家康、徳川秀忠に仕えた直孝は、1614年からの大坂の役 大坂の陣では、病弱の兄に代わって井伊軍を指揮している。このため家康は、井伊氏の家督を直勝から直孝に継ぐように命じた。直孝も父譲りの「赤備え」を率いていた。
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