金上盛備
金上盛備(かながみもりはる、大永7年(1527年) - 天正17年6月5日 (旧暦) 6月5日(1589年7月17日))は蘆名氏の家臣。通称は遠江国 遠江守。
蘆名氏の庶流を汲む。蘆名盛氏に仕え、1578年には盛氏の命を受けて越後に侵攻する。盛氏死後も重用され、1581年には上洛して織田信長に拝謁している。
1586年、蘆名氏の相続問題が起こると、盛備は盛氏時代からの功臣という実績をもって佐竹氏から蘆名義広を養子として迎えることを強行した。これにより蘆名氏の家臣団は完全に分裂し、滅亡が決定的になったという。
1589年、摺上原の戦いで戦死した。
盛備はその卓越した政治手腕から、蘆名の執権と呼ばれた。
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