福島正成
福島 正成(くしま まさのり、注意:ふくしまとは読まない)、明応元年(1492年) - 天文 (元号) 天文5年6月8日 (旧暦) 6月8日(1536年6月26日)は北条綱成・福島勝広の父。没年月日は大永元年11月23日 (旧暦) 11月23日(1521年12月21日)とする説もある。姓は九島とも書く。
今川氏の家臣として仕えた。今川氏輝死後に発生した花倉の乱で今川義元の異母兄・良真(玄広恵探)を支持したために、義元によって国を追われた。そして、逃亡先の甲斐にて武田信虎に討たれたという。または一説には、大永元年今川氏親の命を受けて甲斐へ侵攻し、信虎に敗れて討ち死にしたとも言う。この時原虎胤に討たれたともされるが、虎胤が討った大将福島某と正成が同一人物とする決定的な証拠は無く、否定的な意見も多い。
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