小西行長
小西 行長(こにし ゆきなが)は安土桃山時代の大名。
キリシタン大名として知られた。洗礼名はアウグスティヌス。
朝鮮出兵のとき、加藤清正と先陣を争ったことでも有名である。
関ヶ原の戦いで西軍の将として奮戦したが敗北し、キリシタンのために切腹を拒否して斬首された。
弘治元年(1555年)、堺市 堺の薬を主に扱う商人である小西隆佐の次男として京都で生まれた。父の影響を受けて早くにキリシタンになった。はじめ宇喜多直家の家臣として仕え、主に外交担当の使者を務めていたと言われている。直家が羽柴秀吉(豊臣秀吉)を通じて織田信長に降伏できたのも、行長が秀吉と交渉したからであるとも言われている。
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