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水原親憲

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水原親憲
水原 親憲(すいばら ちかのり、天文 (元号) 天文15年(1546年) - 元和2年(1616年))は、上杉氏の家臣。
大関親信の息子で、最初は大関姓を称していた。早くから上杉謙信に仕えて、1561年の川中島の戦いで武功を挙げたことを謙信より賞賛されて、越後国北蒲原郡水原を本拠とする名族・水原氏の家系を継ぐことを許され、3414石の知行と、149人の部下を与えられた。
謙信の死後は上杉景勝に仕える。1598年、景勝が会津に移ると、1500石の知行を与えられて猪苗代城代に任じられた。1600年の関ヶ原の戦いでも、最上氏相手に戦っている。1614年の大坂冬の陣では徳川方として参戦し、豊臣軍を大いに打ち破るという武功を挙げた。そのため、将軍の徳川秀忠から感状を受けたが、「子供の石合戦ごときのような戦で、感状を賜ることになるとは」と、逆に悔しがったと言われている。恐らくは、かつて敵であった徳川方に、今はやむなく従っているのを悔しがったのだろう。

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