諏訪頼満
諏訪 頼満(すわ よりみつ、文明 (元号) 文明5年(1473年) - 天文 (元号) 天文8年12月9日 (旧暦) 12月9日(1540年1月17日))は信濃国 信濃の戦国大名諏訪氏の当主。諏訪政満の子で、諏訪頼重の祖父。幼名は宮法師丸。法号は碧雲斎。
文明15年1月8日_(旧暦) 1月8日、一族の諏訪継満・金刺興春・高遠継宗の反乱によって父と兄を殺されたためにわずか10歳で家督を相続した。頼満は智勇に優れた人物で、成長すると金刺興春の子・金刺昌春 昌春を甲斐国 甲斐に追放し、高遠継宗の子・高遠頼継 頼継を降伏させて諏訪郡 諏訪地方一帯をあっという間に統一し、さらに昌春を助ける甲斐の武田信虎とも戦い、積極的に領国を拡大していった。このように諏訪氏の最盛期を築き上げた頼満は、『諏訪氏中興の祖』と言われた。
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