戦国武将大図鑑
TOP > > 遠山綱景

遠山綱景

自動ブログ投稿で、アフィリエイト収入をがっぽり稼ぐソフトウェアだって?

画像画像画像
遠山綱景
遠山 綱景(とおやま つなかげ、永正10年(1513年)? - 永禄7年1月7日(1564年))は後北条氏の家臣。遠山直景の長男とされる。遠山隼人佐、遠山政景、遠山直次、法性院の父。なお、綱の字は北条氏綱から1字もらったもの。
小田原衆所領役帳にて、綱景は江戸衆筆頭に列せられ、相模西郡松田や曽比郷、相模中郡金目郷などに約963貫を知行していた。また、娘の法性院が北条氏康の養女となっている。彼女は後に太田康資に嫁いだ。
1533年に父が死去すると、家督を継ぐとともに、父に引き続き江戸城代となった。なお、江戸城代は3人置かれており、本丸には富永氏、三の丸には太田氏が寄っており、遠山氏は二の丸にあった。そのため、本丸の富永を城代の1であるとする見方があるが、同時代の資料(宗牧の記述)によれば、遠山氏を城代として重きを置いているという。

(no cache data)
自動ブログ投稿で、アフィリエイト収入をがっぽり稼ぐソフトウェアだって?


戦国武将大図鑑TOP
無断転載・転用禁止
戦国武将大図鑑