得居通年
得居通年
得居 通年(とくい みちとし、弘治 (日本) 弘治3年(1557年) - 慶長2年9月16日 (旧暦) 9月16日(1597年10月26日))は、来島通康の次男。来島通総の兄。
南北朝時代 (日本) 南北朝時代の伊予国 伊予の名門・土居氏と得能氏の子孫であると称して、得居姓を名乗った。1582年、弟の通総と共に豊臣秀吉 羽柴秀吉の家臣となり、四国征伐では先鋒を務めるなどして活躍し、伊予恵良城に3000石を与えられた。その後も小田原征伐などに参戦したが、1597年、文禄・慶長の役 慶長の役にて戦死した。
戦国武将 とくい みちとし
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