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長束正家

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長束正家
長束 正家(なつか まさいえ ・ ながつか-、永禄5年(1562年)? - 慶長5年10月3日 (旧暦) 10月3日(1600年11月8日))は安土桃山時代の大名であり、豊臣政権の五奉行の1人である。父は長束盛里といわれるが不明。弟に直吉(伊賀守)がいる。近江国水口城主。新三郎・利兵衛。従四位下・大蔵大輔・侍従。一般に長束氏の本姓は大蔵氏とされるが、おそらく官称を氏と誤認したものだろう。子に長束半右衛門、長吉、祐順らがいる。正室は本多忠勝の一族栄子。栄子との間には関ヶ原後に一男が生まれ、のちに水口大徳寺の三世門跡となったという。このあたり、石田三成の子孫とも似通っており興味深い。

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