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南部利直

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南部利直
南部 利直(なんぶ としなお、1576年4月13日(天正4年3月15日 (旧暦) 3月15日) - 1632年10月1日(寛永9年8月18日 (旧暦) 8月18日))は南部氏二十七代当主。南部信直の嫡男で盛岡藩の藩祖。
豊臣秀吉の死後は徳川家康に近づいたという。1599年に父・信直が没したため、家督を継いだ。1600年の関ヶ原の戦いでは東軍に与し、同年に領土拡大を密かに謀った伊達政宗が和賀忠親を煽動して起こした一揆を平定した。
利直は内政手腕に優れ、白根金山や西道金山をはじめとする鉱山開発から財政を安定させ、1615年には盛岡城を築城して城下町を形成し、盛岡藩の基礎を固めていった。しかしその一方で、先代の父の時代に発生した九戸政実の謀反を恐れてか、血縁関係の無い家臣の多くを処罰、追放して一族衆で南部氏を固めるという独裁集権化も行なっている。

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