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羽柴秀長

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羽柴秀長
『豊臣秀長』より : 豊臣 秀長/羽柴 秀長(とよとみ ひでなが/はしば ひでなが、天文 (元号) 天文9年〔1540年〕- 天正19年1月22日〔1591年2月15日〕)は、戦国時代 (日本) 戦国時代・天正時代の武将。豊臣秀吉 豊臣(羽柴)秀吉の異父弟(一説には同父弟)。通称は小一郎(こいちろう)、幼名は小竹(こちく)。実子に女子が2名、養子に豊臣秀保、藤堂高吉がいる。
天正13年(1585年)に大和国の郡山城 (大和国) 郡山城に入り、116万石の大身となる。また天正15年(1587年)には大納言に任ぜられ、大和大納言と呼ばれる。
兄・秀吉の片腕として辣腕を奮い、文武両面での活躍を見せて天下統一に貢献した。温厚な人柄で、兄を立て兄を助ける補佐役に徹し、後には各大名からも頼りにされる人格者であったという。秀長は大友宗麟に対して「内々の儀は宗易(千利休 利休)、公儀の事は宰相(秀長)存じ候」と(大友家文書録)に記述されている。

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