八戸政栄
八戸政栄
八戸 政栄(はちのへ まさよし、天文 (元号) 天文12年(1543年) - 慶長15年(1610年))は根城(ねじょう)南部氏18代当主。分家である新田行政の子。弟に新田政盛がいる。
南部晴政に仕え、その死後に南部晴継が殺されて家督争いが起こると、南部信直の擁立に尽力した。このとき、自身も南部一族であったため擁立されかけたらしいが、北信愛の説得で辞退したという。
その後は信直に仕え、1590年の豊臣秀吉の小田原征伐では、信直に秀吉のもとへの参陣を薦めたという。
南部氏 はちのへまさよし
戦国武将 はちのへまさよし
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