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花房職秀

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花房職秀
花房職秀(はなぶさもとひで 天文_(元号) 天文18年(1549年) - 元和2年(1616年))は宇喜多氏の家臣。通称助兵衛(すけのひょうえ)。
武勇に優れた剛直の士で、1590年の小田原征伐 小田原の陣で能に溺れる豊臣秀吉に対して諫言したこともある。1595年には主君・宇喜多秀家に対して長船綱直を重用することを諫言しようとしたが、逆に秀家に殺されそうになる。これは秀吉の仲介で一命は助けられ、佐竹義宣に預けられた。これは、1599年の宇喜多氏のお家騒動の遠因となったといわれている。
1600年の関ケ原の戦いでは徳川家康に与し、東軍の武将として活躍した。そしてかつての主君・秀家が八丈島に流罪とされると、毎年、秀家に対して米を二十俵も送ったと言われている。

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