原田信種
原田 信種(はらだ のぶたね、永禄3年(1560年) - 慶長3年(1598年))は戦国時代 (日本) 戦国時代の筑前国 筑前高祖山城(高祖城)主。
実父は肥前国 松浦の草野鎮永。鎮永は元々原田隆種の子であったが、草野氏に入嗣していた。ところが原田氏の家督を継いだ原田親種(鎮永の弟)が大友宗麟に対して反逆を企てたとして自害を命じられたために、隠居していた隆種の要請を受けた鎮永が信種に原田氏を相続させたのである。豊臣秀吉の九州征伐に降伏したが、所領隠匿が発覚して所領のほとんどを奪われた。(転封を拒否して秀吉に処刑された草野鎮永は筑後の同族)
1598年、慶長の役に加藤清正の配下として出兵し蔚山の戦いで戦病死した。
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