本願寺顕如
『顕如』より : 顕如(けんにょ、1543年2月9日(天文 (元号) 天文12年1月6日 (旧暦) 1月6日) - 1592年12月27日(文禄元年11月24日 (旧暦) 11月24日))は、本願寺第十一世門主。諱は光佐。第十世証如の子。母は庭田重直の娘。妻は三条公頼の3女の如春尼。子に教如・顕尊・准如がいる。
弘治三年(1557年)、4月17日に六角定頼の養女の如春尼と結婚した。如春尼の父は三条公頼だが、後に細川晴元の養女に出され、この結婚時には六角定頼の養女となっていた。ちなみに実の姉は武田信玄の正室である。政略結婚とはいえ、二人の夫婦仲は良く、結婚三十一年目の天正十六年(1588年)の七夕には「いくとせもちぎりかわらぬ七夕の、けふまちへたるあふせなるらん 顕如」・「いくとせのかはらぬ物を七夕の、けふめづらしきあうせなるらん 如春尼」と歌を詠み合っている。
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