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松田憲秀

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松田憲秀
松田憲秀(まつだのりひで、享禄3年(1530年)? - 天正18年6月16日 (旧暦) 6月16日(1590年7月17日))は戦国時代 (日本) 戦国時代の武将。後北条氏の家老。子に笠原政尭、松田秀治。
松田家は北条早雲以来の譜代の家老の家柄で、2798貫という知行を食む大身である。憲秀は北条氏康に仕えて内政面で辣腕を振るうとともに、駿河攻め、国府台合戦など各地を転戦した。氏康没後は氏政に仕える。1590年、豊臣秀吉の小田原征伐 小田原攻めでは徹底抗戦を主張する。しかし、秀吉の誘いを受けて長男笠原政尭(政晴とも)とともに豊臣方に内応しようとしたが、これは次男松田秀治(直秀というなど名前については諸説あるが次男)の注進があり、北条氏直によって事前に防がれ、憲秀は監禁、政尭は殺害された。この事件は、北条家に降伏を決意させることとなったと言われている。

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