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真里谷信助

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真里谷信助
真里谷 信助(まりやつ のぶすけ、延徳2年(1490年) - 天文 (元号) 天文18年2月3日 (旧暦) 2月3日(1549年3月2日))は、戦国時代 (日本) 戦国時代の武将。真里谷信勝の子で、真里谷信保の弟。出家後は全方・心盛斎を名乗った。
真里谷武田氏の一族で、兄の信保をよく補佐した。その後、兄の子である真里谷信隆と真里谷信応との間で家督争いが起こると、信助は信応を支持して信隆の追放に尽力した。そして以後は、若年の信応の後見人となって、よく補佐した。
ところが足利義明が戦死して、信隆が北条氏綱の勢力を背景に家督を奪うと、信助も信応と同じく追放されてしまった。そして里見義堯を頼ったと言われている。

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